パーキンソン病

 

パーキンソン病は私のライフワーク

私が医療センターへ赴任した52年前に福山で初めてパーキンソン外来を始めました。今のようなパーキンソン病治療薬はなく、Lドーパそのものを処方していました。そのうちにアマンタジン(シンメトレル)が承認されました。当時70人ほどの患者さんを診ていましたが薬による胃腸障害に苦しむ人が多かったです。

パーキンソン病は動作が緩慢になる、書字が下手になる、手足に小刻みな震えが起きるなどの症状は有名ですが、慢性の頑固な便秘はパーキンソンの初期症状です。この段階で治療を始めればその人は幸せです。最近原因である神経ホルモンドパミンの活性度を調べるダットスキャン検査が登場し、診断治療は随分と楽になりました。

 

パーキンソン病の3大症状

  症  状
A. 自律神経の異常

頑固な便秘

排尿障害

・起立性低血圧

・発汗

B. 身体機能の異常

動作が鈍くなる

書字が下手になる

歩行が遅く、前かがみ姿勢になる

バランスがとりにくくなる

・手足が震え

C. 精神・認知・睡眠の異常

気分憂鬱(うつ状態)

認知の衰え(認知症)

中途覚醒が増える

・幻覚、妄想

・痛み、シビレ

・臭覚の低下

※ 2018年1月より難病新法により難病医療費助成制度の対象となりました。

対象者は、ホーン・ヤール重症度分類Ⅲ度以上で生活機能障害度Ⅱ度以上の方です。

・軽症者(医療費助成の要件を満たさない場合)であっても、1か月の医療費総額が高額である場合、医療費補助の対象となります(軽症高額該当)。
※1か月の医療費総額が33,330円を超える月が、年間3回以上ある場合。

 

介護度認定区分の目安

 

区分 心身の状態
自立   介護保険によるサービスは受けられないが保健・福祉サービスを利用できる。
要支援1 食事や排泄などは自分でできるが、日常生活の一部に介助が必要。
要支援2
要介護1 歩行や立ち上がりが不安定。入浴など日常生活の一部に介助が必要。
要介護2 歩行や立ち上がりが困難。日常生活全般に部分的な介助が必要。
要介護3 歩行や立ち上がりができないことがある。食事や排泄など日常生活全般に介助が必要。
要介護4 歩行や立ち上がりがほとんどできない。理解力の低下。日常生活すべてに介助が必要。
要介護5 歩行や立ち上がりができない。理解力の低下。介護なしでは生活ができない。

 

注:ヤール重症度分類3度、生活機能障害2度から介護保険の適用となります。

注:介護保険は申請が必要です。窓口でお手伝いをしています。

 

治 療

A. 薬物治療

 

パーキンソン病は神経伝達ホルモンであるドパミンの不足によって起こる病気です。したがって、ドパミンを補充する薬、ドパミンの代わりをする薬、ドパミンの働きを助ける薬に分けられます。

 

 A.  脳にドパミンを補う薬

・L-ドパ製剤:ドパール、ドパストンなど

・L-ドパに脱炭酸酵素阻害薬を配合した製剤:ネオドパストン、メネシット、マドパー、ECドパール

・脳のドパミン利用を高める薬剤:エフピー、セレギリン

・L-ドパの利用を高める薬剤:エンタカポン

・脳のドパミン遊離促進剤:シンメトレル、アマンタジン

B. ドパミン受容体を刺激する薬

・ビ・シフロール、レキップ、ミラペックスLA、ロピニロール徐放錠

・ニュープロパッチ、ハルロピテープ

C. ドパミンとアセチルコリンの不均衡を是正する薬

・アーテン、アキネトン

D. 脳にノルエピネフリンを補う薬 ・ドプス

 併用薬として多種類の薬剤があります。

 

  • アセチルコリン受容体に作用する抗コリン剤(アキネトン1mg)

 ドパミン減少に伴って相対的にアセチルコリンが過剰になります。抗コリン薬はその作用を抑えてドパミンとアセチルコリンのバランスを取ります。

 

 

  • アデノシン受容体に作用するイストラデフィリン(ノウリアスト20mg)

アデノシンは脳内でドパミンと反対の作用をします。アデノシンを抑えドパミンとのバランスを回復します。

 

  • ノルアドレナリン補充薬ドロキシドパ(ドプス100mg・200mg)

パーキンソン病では脳内のノルアドレナリンも減っているため薬剤で補充します。

  •    COMT阻害薬(エンタカポン100mg、コムタン100mg)

カテコール-O-メチル基転移酵素はレボドパ(L-dopa)が脳に入る前に分解する酵素COMTの働きを阻害する薬です。

  •  MAO-B阻害薬(セレギリン2.5mg、トレリーフ25mg、エクセグラン100mg)

脳内でドパミンを分解するB型モノアミン酸化酵素MAO-Bの働きを阻害する薬です。

 

  • シグマ受容体に作用しドパミン賦活作用を持つゾニサミド(トレリーフ25mg、エクセグラン100mg)は軽度から中等度のMAO-B阻害作用を併せ持ちます。

 

  • グルタミン酸受容体に作用しドパミンの分泌を促進するアマンタジン(シンメトレル50mg)、元はA型インフルエンザの治療薬です。

ロチゴチンとロピニロールの比較

パーキンソン病治療に使われる薬は、レボドパとドパミンD2受容体刺激薬(以下ドパミン作動薬)の2種類です。レボドパは主剤として、ほぼすべてのPD患者に処方されます。一方、ドパミン作動薬には複数種類あるため、その選択は大切です。臨床において、プラミペキソールをよく用いていましたが、2013年発売のロチゴチンの効果に気づき、プラミペキソールは使用しなくなりました。ロチゴチン貼付剤は、単に消化器症状がないからという理由ではなく、私は、運動機能だけでなく認知機能にも有効なため、ほとんどの高齢PD患者さんに使用しています。文献的には、Wood, M. et al.Br J Pharmacol. 20151724):1124-1135.によると、D1D5受容体すべてのドパミン受容体の強力なアゴニストです。私は、ロチゴチンの薬物動態特性のバランスが良いためと推測しています。一方のロピニロールはD2受容体に選択的に作用し、他の受容体への親和性はありません。このロピニロールの持続型として2018年にロピニロール徐放剤、続いて2019年にロピニロール貼付剤(ハルロピ)が登場しました。

 

パーキンソン病のピットフォール

 自分が年をとるにつれ、元同僚にパーキンソン病(以下PD)を患う人が増えてきました。長年外来でPDに関わってきましたが、うっかりすると陥るピットフォール(落とし穴)があります。それは、PDの非運動症状(NMS)です。非運動症状は、歩行が遅くなった、書字が下手になった、動作全般が鈍くなった、バランスが取りにくい、手足が震えるなどの運動症状の未だない、早い時期から発症します。数年経って運動症状が発症、さらに合併症が加わり、神経内科を受診してきます。非運動症状の主役、自律神経症状は、慢性便秘、レム睡眠行動障害、ムズムズ脚、日中眠気、嗅覚低下、気分憂うつ、易疲労、物忘れ、起立性低血圧、食事性低血圧、排尿障害など多彩です。俗に隠れパーキンソンと言われている、これらの多彩な自律神経症状の段階では、本人はパーキンソン病とは露知らず、その多くは一般内科を受診します。神経内科医が診るのは、すでに病状が進み運動症状の出ている患者さんが多いので、自律神経症状への対処が後手に回る傾向があります。患者さん本人は、すでにかかりつけ医で便秘、頻尿、低血圧発作、気分憂うつの投薬治療を受けている場合がほとんどです。

 自律神経症状(非運動症状)は、神経内科医が診る10年~20年前から始まっている場合が多いです。私はこの非運動性症状の早期発見に努めており、問診に力を入れています。中でも、ふらつき、めまいの患者さんにはODテストを必須検査にしています。起立性低血圧の治療には、ノルアドレナリン前駆物質であるドロキシドパ(ドプス錠100mg、200mg)を処方します。ドプスは、脳に不足したノルアドレナリンを補う意味でもよく処方します。他の昇圧剤との併用も可能です。めまい、ふらつきには、下肢の弾性ストッキングも意外と効果があります。高い頻度で見られる頻尿、尿意切迫感、失禁などに対しては、膀胱の選択的ムスカリン-M3受容体阻害薬ソリフェナジン(ベシケア錠5mg)は抗コリン作用による便秘の副作用14.4%と高いです。このため便秘の副作用1~5%のβ3アドレナリン受容体作動薬、ミラベクロン(ベタニス錠25mg、50mg)を使用しますが、薬効は弱いです。薬があまり効かないだけでなく、残尿の問題も大きく関与しています。夜間頻尿の対処法として、私は、まず便器に座位で排尿し、一旦立ってまた座って、数分、雑誌を読むなど、2度排尿や尿モレパッドの着用を勧めています。隠れパーキンソン症状の1番は便秘、2番が循環器障害としての起立性低血圧、ふらつき、めまい、3番が尿意切迫症候群です。PD特有の多彩で頑固な自律神経症状のため、運動への意欲が低下し、運動不足は深刻な問題です。昨今、筋肉を動かすことによって分泌されるBDNFの重要性が再認識されています。筋肉不足による症状とパーキンソン症状との連鎖による悪循環に陥らないためにも、運動療法は薬物療法と肩を並べてとても大切な治療です。

 

セレギリンは、なぜ消えたのか

ラサギリン処方のタイミング

パーキンソン病の治療薬として、セレギリン(エフピー錠)はレボドパの併用薬として2006年に登場したMAO-B阻害薬です。2018年、ラサギリン(アジレクト錠)が登場して以来、セレギリン処方例は激減しました。武田がいい薬を作ったといえばそれまでですが、ラサギリンには、アドレナリン受容体作動作用を持つアンフェタミン骨格(覚醒剤)を有しないため、睡眠障害の副作用が少ないという利点から多用されるようになりました。創薬の面白いところです。

 ラサギリン(アジレクト錠)の処方は、一般的にはレボドパと同時に処方される例が多いです。私は、便秘と少し動作が鈍ったかなという初期でDATスキャン検査に引っかかるケースには、セレギリン単剤治療を行っています。レボドパと併用処方が世の中一般的ですが、私は、病期が進んでウェアリングオン、オフ現象が見られだすと、セレギリンの処方を始めています。パーキンソン専門医から、なぜと聞かれることがありますが、長年の経験から、パーキンソンの治療に変法としての流儀があって良いと思っています。

商品名

ビ・シフロール ニュープロパッチ レキップ アポカイン
薬名 プラミペキソール ロチゴチン ロピニロール アポモルヒネ
薬価収載年 2003 2013 2006 2012
開発会社 ベーリンガーインゲルハイム 大塚製薬 グラクソ・スミスクライン 協和発酵キリン
パーキンソン病
 ムズムズ脚  ✕
使用法 経口 経皮パッチ 経口 皮下注射
ドパミン作動性 D2ファミリー特にD3  D1~D5全てに親和性  選択的D2受容体  D1~D5全てに親和性、特にD4
 その他    

 2018年徐放剤

2019年貼付剤(ハルロピ)

 オフ症状のレスキュー用

ドパミン作動薬比較表. 2019年作成. 大田浩右

長年お世話になり、今はムズムズ脚に使っているプラミペキソールは、D2ファミリー親和性です。私が愛用しているロチゴチン貼付剤はD1ファミリーとD2ファミリー共に親和性を持ちます。最近よく処方例を見るロピニロール徐放錠は選択的D2受容体です。ロピニロールにケチをつける気はないですが、総合的に見て、私はロチゴチンに軍配を上げます。未だ使用経験のない方には、ぜひ検討を頂きたいです。 

 

B. 定位脳手術

手術は専門医へ紹介します。薬物治療が上手くいかない時の選択肢です。手術の合併症は脳出血による手足の麻痺、言語障害、嚥下障害、感染症など発症頻度は施設によって異なりますが概ね数%です。個人的な話しですが1例だけ、、振戦で紹介した患者さんが半身不全麻痺になられて以来、生活に支障を来しお困りの方に対し、本人家族の承諾を得て紹介しています。

振戦(ふるえ) 最も手術効果が高く80%以上有効と言われており、再発も少ない。

ジスキネジー

ジストニー

首や肩、手足が勝手にくねくねと動くジスキネジーと体の一部または全体が硬くつっぱったり姿勢異常を起こすジストニーでは手術効果は高く80%以上が症状改善し効果は長続きする。

手足の動作

ペンによる書字、箸を使った食事などの困難、手足が硬くなりスムーズに動かしにくくなる症状に対する手術効果はオフ症状に対してはかなりの有効性を持っているがオン症状への効果はほとんど見られない。

歩行障害 およそ50%に有効だが術後に一旦良くなっても2~3年で効果が消えてしまうことがよくある。

C. 運動療法

高齢パーキンソン病の多くは、疾患特有の動作緩慢のため運動不足に陥ります。筋肉は年齢と共に減少し、70歳からは急速です。骨格筋量指数SMIの検査は必須です。この検査なしに運動療法は出来ません。SMIが7.0を切るとサルコペニアです。サルコペニアを放置するとフレイルに至ります。フレイルの先に待っているのは、車いすです。運動療法の効果はあまり知られていませんが実際には予測以上の効果が期待されます。運動療法の基本は、ウォーキング、ストレッチ体操、バランス体操、関節可動域訓練、筋力訓練の順番です。この運動療法によって運動障害の軽減、転倒の危険性の減少が期待されます。専門の理学療法士の指導を受けることは大切ですが、外来での運動療法についての説明と指導は効果的です。

 

1. ウォーキング:ウォーキングポール歩行、シルバーカー歩行、格好悪くてもプライドを捨てて歩くことが大切。

 

2. ストレッチ体操:両手に500gまたは1kgのダンベルを持って行う。立位から床に両手をつける運動は、下肢裏側筋肉のストレッチに有効です。またベッドを逆に寝て両手にダンベルを持ち、万歳運動を繰り返すことにより、背筋、胸筋、腹筋など体幹筋肉のストレッチが効果的に出来ます。

 

 

3. バランス体操:定番はバランスボールです。簡単に見えますが、結構危ないです。足元からバランスを取る方法として、ミニトランポリンはお奨めです。足踏みするだけで効果的です。慣れると飛ぶ真似程度までは挑戦してみて下さい。必ず手すりを持って行って下さい。効果を実感されると思います。

 

上記の体操を無理のない範囲で毎日継続して下さい。パーキンソン病の運動療法の目的は、生活機能障害度【I 度】(ホーン・ヤールの分類では I度~II度の方)の方を、生活機能障害度【II度】に移行させないためには、とても大切です。

 検 査

D. ダットスキャン検査

 

正常

パーキンソン類縁疾患

レビー小体型認知症

パーキンソン病

 

 

 

パーキンソン類縁疾患

パーキンソン病とよく似た症状を有するがパーキンソン病ではなく予後不良です

・多系統萎縮症 MSA

自律神経系、錐体外路系、小脳系の3系統が侵される変性疾患です。

パーキンソン症状が目立つ場合は多系統萎縮症P型(MSA-P)と呼びます。

小脳運動失調が目立つ場合は多系統萎縮症C型(MSA-C)と呼びます。

ダットスキャンではパーキンソン病と同じく線条体への集積低下は見られますがパーキンソン病治療薬の効果は限定的です。多くの場合は中枢性のSASを合併するためCPAP療法を適用する場合があります。低血圧発作に対しては弾性ストッキング程度しかありません。特に有効な治療法はないと言われています。

MSA-Pの脳MRI所見

T2強調画像、両側被殻外側にスリット状のT2高信号域が見られます(矢印)。

T2強調画像、橋の十字サイン(上矢印)と小脳萎縮(下矢印)を認めます。

・大脳皮質基底核変性症 CBD

主たる症状の一つである他人の手徴候は有名です。有効な治療法はありません。

向かって左側脳大脳半球に萎縮が見られます。

・進行性核上性麻痺 PSP

転倒しやすい、眼球運動障害パリノー徴候、認知症を来します。パーキンソン治療が初期に有効な場合があると言われています。進行性で予後不良です。中枢性無呼吸があるため突然死の危険性があります。

 

DAT低下
PD 初発する一側性運動症状に関連して対側線条体、特に、被殻後部で集積低下。線条体集積低下と運動障害との関連性が高いと言われている。 
DLB 両側性に高度な集積低下を示すことが多い。臨床的にも非運動症状が中心となり、線条体集積も左右差が明らかでないことが多い。
PSP 線条体集積低下が強く、尾状核頭で低集積が目立つ。一方、PDと類似した被殻後方部で低主席となることもあり、定型的な集積低下分布とは限らない。

MSA-P 

線条体集積の強い低下がみられる。本例のように必ずしも対称的低集積を示さず、左右差がみられることもある。
HD 運動症状側と対側線条体に集積低下がみられるが、集積低下は必ずしも高度でない。
日本メジフィジックス株式会社HPより引用

パーキンソン病と類縁疾患との鑑別にMIBG心筋シンチグラフィは有用です

鑑別診断

  ダットスキャン MIBG心筋シンチグラフィー
〇  パーキンソン病 PD 低下 陰性 
〇 多系統萎縮症 MSA-P 低下 陽性
     
   パーキンソン病認知症 PDD 低下 陰性
〇 レビー小体型認知症 DLB 低下 陰性
〇  アルツハイマー型認知症 AD 低下 陽性
   前頭側頭型認知症 FTD   陽性

MIBGとは心臓の交感神経機能を調べる検査です。神経伝達ホルモンであるノルエピネフリンと同様の働きをする物質なのでこの性質を利用して交感神経終末に貯蔵放出されるノルエピネフリンの増加減少を画像化するものです。自律神経障害ではMIBGの取り込みは低下します。

・パーキンソン病では発症早期から自律神経障害を認めなくてもMIBGの取り込み低下が高率に見られます。

・多系統萎縮症(MSA-P)ではMIBGの取り込み低下は見られない。パーキンソン病と鑑別できます。

・レビー小体型認知症は自律神経障害が強いためMIBGの取り込み低下が見られます。

・アルツハイマー型認知症、前頭側頭型認知症はMIBGの取り込みがあるので鑑別によく使われます。 

全て後期像のプラナー正面像。

C(健常成人)、PD(パーキンソン病)、PDD(認知症を伴うパーキンソン病)

DLB(レビー小体型認知症)、AD(アルツハイマー型認知症)、FTD(前頭側頭型認知症) 

 

<参考資料> パーキンソン病と多系統萎縮症との紛らわしい症例

<参考資料> パーキンソン病とレビー小体型認知症との紛らわしい症例